暮れ間に沈む



まふるまの闇、さよなら。

まふるまの闇、さよなら。

 短くするつもりだったのに思いの外長くなってしまいました。ごめんなさい。
 私が魔種に襲われた話なぞを詳しく書いてしまい、怖い思いをさせてしまったでしょうか。安心してください。私は元気にやっています。でも、最後に、今のことを書かせてください。伝えておきたいのです。きちんとした言葉で言えないかもしれないですが。
 目が覚めた時、私には何がなにやらわかりませんでした。なにも見えなかったし、なにも考える気にならなくて。ぼんやりする頭を無理に動かして、やっと“私”は周りの景色を見ることが出来ました。そこは魔種と会った場所から数棟離れただけのビルヂングとビルヂングの間でした。魔種に襲われて、ちょっと逃げたところで捕まり転んで、そのまま寝ていたということでしょう。夜は更に深まっており、辺りはしんとしています。私は急いで起き上がって、家路を急ぎ、この手紙を書いているというわけです。
 よくよく考えればわかることですが、実は都会の方がずっと闇は濃いのです。人の闇は濃いのです。
 闇に流れる名もなき思念に一滴の悪意が融け合わさって生まれる魔種。魔種には闇が必要。暗がりと、心の闇。
 心の闇は都会の方がたくさんあるようです。嫌なことの種類が鄙とは違う気がします。田舎に無いわけじゃないけれど、粘っこい不愉快な出来事ばかり、都ではしている気がします。もっとも私は都会に出てきて数日の若造ですから、それが原因かもしれません。
 兎に角。
 魔種の棲み処が少ないだけで、餌は豊富にあります。都会の魔種とはそうした数少ない暗闇の中を生き抜いてきた者たちばかり。田舎にいる畜生に憑く可愛らしい魔種なんて、すぐに消し飛ばされてしまうほど、濃い闇と深い悪意の塊。人の姿を成し、人の言葉を話す知恵を持っているのです。
 人の姿を成し、と書きましたが私の会った魔種はおよそ人と呼ぶには不完全な姿でございましたね。魔種が何を求めていたのか、お分かりでしょうか。きっとおわかりでしょうね。魔種から見れば人も生き物も皆同じですから。
 アレは己の床とするため人の血肉を求めているのです。人の言葉を話す程の知恵を持っていても、結局は形を持たないものですから人間を喰いたくて仕方がないのです。私の出会った猫の魔種は、“私”の体、いえ私など関係なく人間のカタチを求めて“私”に近づきました。同郷の友のような感を抱いた私はよほどの馬鹿者だったことでしょう。
『おか、えり、ヨ。』
 魔種は言った。誰に言っているかわかるかい。だいたい、奴らは莫迦なんだ。暗いところを我が物顔でうろついて、思考を持っているのに肝心なことを知ろうともしない。
 そう、“私”は愚か者なのです。人とは私のように愚か者なのです。狙うなら、特に田舎者の方が良い。都会の人が利口だとは思いませんが、田舎者の方が割合として純朴ですから付け入りやすいのでしょう。
 喰らうて、喰らいつくしたら、魔種は人になれるかしら。魔種は、人になりたいのかしら。
 もう少しだけ、不可解な手紙にお付き合いを。お願いです。そもそも魔種は何を求めているのでしょうか。今となっても、私にはわかりません。魔種にもわからないのでしょう。ただ、そうですね。
 闇を選んで歩きなさい。
 探してみれば闇は意外に多いものです。路地裏、ビルヂングの翳、ごみ溜の裏にだって、何処にだって闇はあるのです。そうしたところを選んで通ってみてはいかがでしょうか。そうすればあなたは、私と再会できるかもしれません。あなたはそれを望まないかもしれないけれど。
 暗い黒い居心地の良い、そこは魔種の中。
 人の体で、人の言葉で、心は空っぽ。空っぽなのに真っ黒でぐちゃぐちゃ。体を得た魔種は、言うよ。
『おかえり。』
 帰っておいでよ、人だって元々“ここ”に居たのだからさ。
 さよなら、人々の間。おかえり、ひとりきり。
 なにもかも、食べつくしてあげる。辛いことも悲しいことも楽しいことも嬉しいことも生きるも死ぬも全部、塗り潰してあげるよ。
 瞬く間に魔種に呑まれた“私”は、喰われてゆく意識の最後で、貴方を待っています。でも待っている私は、これを書いている私は、まだ“私”でしょうか。それとも魔種でしょうか。わからないけれど、あなたに会いたい。
 あなたはきっと、来てはいけない。
 それでもやはり、待っていますね。
 さようなら。

敬具

- 終 -



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