彼女は、いつも浜に立っていた。
そしていつも、異国へ繋がるあの海を見ていた。
彼女は、若く美しい。海を見つめる彼女の瞳はどこが儚げで、それでいて海に希望を見ているようだった。海の先に彼女は、何を見ているのだろうか。いつも海を見ている彼女を、僕はいつも丘の上から眺めていた。
10年、20年、30年と歳月は流れた。彼女は老けた。他の女より毎日潮風に当たっている分、彼女は老けるのが早いのかもしれない。それでも、海を見つめている時の彼女の瞳は少女の頃と変わらず、輝いている。彼女は今でも浜に立ち、海を見続けている。
そして今も、僕は丘の上。彼女のそばに行くことは、叶わない。
73年と月が3回まわった…。彼女は婆になった。顔はしみとしわだらけ、髪はごわごわとなり、体は弛んだ。最後まで輝いていた瞳さえも、3日前に光を失った…。
3日前、彼女は何十年もそうしてきたように浜に立っていた。
そこに遠くから黒く、大きな船がやってきた。船を見つけたとき、彼女の顔が急に20くらい若返ったように感じた。船はだんだんと大きくなって、こちらに近づいてくる。彼女は港に向かい走り去っていった。
僕は丘からそんな彼女の様子を眺めることしかできなかった。
***
世界が夕に染まるころ、彼女が僕の下にきた。涙に腫れた彼女の瞳は夕日でさえも輝かせることはできなかった。彼女は僕に寄りかかり、ゆっくり話し始めた。世界がたそがれる中、僕はもちろん、彼女の話を黙って聞いた。十中八九、彼女の話は独白だっただろうから……。
『――わたしはずっと待っていたんですよ。あなたがあの嵐の日、流された日からずっと。
異国に流された漁師が、何十年も経って異国の船に乗って帰ってきたっていう話を聞いたんです。あなた、必ず帰ってくるって言ったじゃないですか……あの日。危ないから行かないでって、言ったのに。
夫婦(めおと)になるって約束したのに、あなたは帰ってこない。
わたしは、もう疲れました。でも、わたしはここで、ずっとあなたのことを待っていますよ。あなたのことを、心底愛していますから――』
三日前、彼女はそう言い残し死んだ。僕に寄りかかったまま視線を海に向けて。このとき僕は、初めて彼女が海を見つめていた理由を知った。
もしも……もしも僕が松の木などというもので無く、彼女と同じ人間だったなら……彼女の肩を抱いて、慰めてあげたかった。
ハマユウ、ハマユウ――。浜の貴女。貴女の想いよ、海を越えて。ハマユウ、ハマユウ……どこか、遠くへ。たとえ幾億千の月が巡ってでも、貴女の想いが届きますように……。
ハマユウ…おわり