愛しみ罪代―カナシミ ツミシロ―



夜に依る狂い咲き*9  ||―ヨル ニ ヨル クルイザキ―

 夜のざわめきにセンの哄笑が重なった。
(センさん……そんな)
楽しそうに見える。一見、楽しそうにクルイたちを殺している。
「はははっ」
 センがこうなってから、クルイたちの動きが明らかに鈍くなっている。これならなんとか切り抜けることができるかもしれない。
「ははっ、はははっ」
獣がまっぷたつになる。飛び散る血と笑い声と断末魔が重なった。
 思わず夜依を抱きしめる。
「う、うぅ、ひっ……やぁっ」
「夜依っ!?」
夜依の体がびくんびくんと震えだした。他のクルイたちもセンの周りから後ずさる。
「夜依、おいっ、どうしたんだ」
昼間の破落戸は、こうなったあと、死んだ。
「やだ、だめだ、夜依っ、夜依っ」
「う、うあ」
 体の痙攣は止まらず、焦点の定まらない目は鈍い黒色だった。
(あれ?)
夜依の目が黒い。黒目が戻っている。
「ひっ」
掠れた声で叫んだ夜依の瞳に一瞬光が宿る。
「お、にい、ちゃん」
ひと言の後、体から力が抜けた。
「夜依っ」
 慌てて口元に耳を当てると小さな寝息が聞こえた。ほっと息をつく。
「よかった」
 思い切り抱きしめると肩が痛んだ。その時、センや弥久、クルイの脇を利彦が歩いて行った。足早に前を向いて。こちらには少しも目を向けなかった。
(ああ、沙智さんか)
ぼんやりとそう思った。利彦は沙智のところへ行く。それ以上考えるのは、嫌だ。ちらついた答えを掴みたくない。
 そらした視線はセンへ。センも利彦を見ていたらしいが、すぐに弥久の方へ顔を向ける。わずかに苦しそうな表情に見えたのは、見間違えか。
 にたり。センが笑う。まとわりつくような、心をざわざわさせる笑み。
「ひ、っ」
怖くて、夜依のをきつく抱いた。
 センは諸肌脱ぎ、弥久に一歩近寄った。
 センの背に月光が射す形となり、表情はよく見えないけれど、白い片目だけはよくわかる。すっと細くなる白目。笑ったのだと気付いたのは一拍後。
 また一歩近寄ろうとしたセンの背中に犬がとびかかった。弥久がそれに気付いたときには既に、犬の体はまっぷたつになっていた。
 センは背を向け、再びクルイたちを殺し始めた。センの背中には刺青と大きな傷痕があった。
 怖い――知らず、涙が出ていた。
 夏とは思えない、やけに冷え冷えとした風が涙の流れた跡に吹き付けた。寒い。とても寒い。
 夜依のこともセンのことも利彦も沙智も、何もわからない。けれど全て悪い方へ転がっていくような予感がして仕方がない。こんなことを考えてはいけない。
 違うことを考えようとするけれど、厭な予感が胸を押し潰そうとする。
(ああ、だめだ)
 ひどく、吐き気がした。



inserted by FC2 system