千。



大禍時のちとせ呪い*4  ||オオマガドキ ノ チトセノロイ

「まあ、お前の口から『ちか』と出た時には、やはりなと思った。千花とは、次期殿のことだろう」
「はい」
 今さら嘘をついても意味がない。千花はセンの姉だ。ハチロクは代々一番上の子が後継ぎと決まっているので、千花は次期総領。
「あと、な」
「あと?」
 何故か急に黙り込んで、雪村はセンの顔をじっと見つめる。男同士だからどきどきする必要もないのだが、雪村の顔が綺麗すぎて小恥ずかしい。雪村は軽く息を吐いた。
「面差しが似ているんだ、千影様と」
「面差し?」
「ああ。私は千影様の若い頃を知らないが、若かったらこうだろうというのがお前を見ていると容易に想像できる。だが千雨は亡くなっているはずなのだから、他人の空似と思うほかなかったがな」
雪村の声は少し明るかった。センは己の顔を触る。目、鼻、口。
「そんなに似ているんですか。と、とう、さんと」
千影さんと呼ぶのもおかしいかと思い、父さんと言ってみる。その場に千影がいるわけでもないのに、そう呼ぶのに勇気が要った。千影はセンの父親、ハチロクの現総領だ。
 雪村は頷く。
「小平次も同じことを言っていた。そもそも最初に千雨の名を出したのは奴だ。『この人は千影様の子の、千雨様じゃないでしょうか』と。そこで初めて私は、千影様の二番目の子の名前が千雨だと言うことを知った」
「小平次さんが」
(やっぱ似ている「見知った方」っていうのは、そうだったのか)
センを最初に見たとき、小平次は目を見開いていた。
「小平次本人から話を聞いた方が良いだろう、小平次、入れ」
 雪村が襖の向こうに呼びかける。
「失礼します」
ほとんど音がせず襖が開き、小平次が入ってきた。部屋の中に入って来、襖の近くに腰を下ろすとそのまま後ろ手に襖を閉めた。落ち着いた無駄のない動きだ。深くお辞儀し顔を上げると、センを見てにっこり笑った。
「やはり、千雨様でしたか」
「はあ。でもどうして、俺が千雨だってわかったんですか」
「私は昔、千朱原本邸にお仕えしていたことがあります。ちょうど千影様が、今のあなたくらいの時です」
だからあなたを初めて見た時は千影様が若返って私の前に現れたのかと思って本当に驚きました、と笑う小平次にもどかしさを覚えた。
「あの、そうじゃなくて。いくら俺が似ていても、千影の子である千雨は死んでいるはずじゃないですか」
小平次は、センが死んでいないことを知っていたと言うのだろうか。
(どうして……)
 ぱちくり、と小平次は目を瞬かせた。それでもセンが何も言わずじっと見つめていると小平次はぽつりと言った。
「千雨様だったら良いな、と」
「は」
小平次はふっと表情を柔らかくする。
「確かに千雨様は亡くなられたはずなんですが、聞いてみるだけは聞いてみようと。あまりにも似ていらしたから。違っていれば謝ればいいだけですし……私は、千雨様、あなたに生きていてほしかったんですよ」
「俺、に」
 ぐう、と胸の内が熱くなった。震える。生きていたい死にたい、生きていちゃいけない死ななきゃという、自分の想いじゃなく、初めて他人から望まれた、生きること。
 センが生きていて良かったと、言ってくれる人がいる。
「私は一度、千雨様が生まれた頃、あなたにお会いしたことがあります」
小平次の目頭が赤い。涙目を笑ませ、小平次が言ってくれた。
「大きくなられましたね、千雨様」
(ああ、駄目だ)
 涙が、堪える間もなく溢れ、頬を伝った。流れる涙が恥ずかしくて、うつむく。
「ふふ、そういうところも似ていらっしゃる。千影様も感情が表に出てきた時はうつむかれました」
ただ千影様の方がもっと表情が少なくて面白味のない方でしたよ、と可笑しそうに小平次が言い、センも顔を上げ少し笑った。
(きっと、父さんは真面目だったんだな)
 千影はハチロクを継ぐ者として、自分を律し、どこまでもハチロクとして生きる覚悟を持っていた。十歳まで一緒に暮らしていたはずなのに、ほとんど父の記憶がないのはきっとそのためだ。ほとんど構ってもらえなかったのだろう。千影はハチロクの長。ハチロクはクルイを狩る者。
「だから父さんは俺を殺そうとしたんですね」
センは、笑ってしまった。
 自分を殺そうとした父にそっくりだと言われ、どういう顔をすれば良いのだろう。よく、わからない。
 わからないから、笑った。嘘笑いだけは得意だ。
 センの言葉に小平次は目を見張り、雪村は硬い声を発した。
「話せ」
センは素直に頷く。
 夕凪には話せなかった、センがクルイになった時のこと。



inserted by FC2 system